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目を醒ます

私たちが通常知っている存在のすべては、時間という制限の範囲内で、自分とは本当は何であるかを私たちに思い出させようと絶え間なく誘っている、その隠れた原理の反映にすぎない。その反映のなかには正しいこと、間違ったことはなく、優れたこと、劣ったこともなく、ただ誘いだけがある。
一人の個人として存在しながら人生を切り抜けていくという経験に閉じ込められているかぎりは、夢を見ている状態のままだ。 その夢見の状態においては、私たちの行うあらゆることは相対の法則に支配されていて、その法則により、肯定的に見えるものすべてがそれと釣り合う正反対のものによって寸分の狂いもなく相殺される。
熟考を通じて発見するのは、私たちは回転する円盤の上にいて、そこでは移り変わるイメージのなかであらゆることが何度も何度も繰り返され続けているということだ。見かけの上で創り出したものを私たちは破壊し、見かけの上で破壊したものを私たちは再び創り出す。
そして、個性や自由意志に関してどのような考えを抱いているにせよ、それをよそに私たちが理解することになるのは、自分とは神の劇の登場人物であり、条件付けられた反射作用や信念体系にしたがって反応や応答をしているにすぎないということだ。進歩を続けているように見える夢の世界のすべてが、この完璧に均衡し正確に中和された状態の枠内に現れるが、それは別の可能性を映し出す役割を果たすだけだ。 私たちはこの夢のなかで夢を見ているのだが、その夢にはまったくどのような目的もない。その夢から醒めること以外には。
あるということが起こっているとき、そこに負債は存在しないが、それは歴史が存在しないからだ。どのような状況に置かれているとしても、そこでは分離を感じているか、あるということが起こっているかのどちらかだ。分離のなかにあれば、何が起こったとしても分離を感じる。あるということが起こっていれば、もはやそこに自己はなく、今あるものがただある。 どちらの状況も完全だ。ひとつひとつの出来事がそれ自体で報酬だ。
出来事が起こり、そして消える。継続して返済すべき負債は存在しない。 無慈悲な審判を絶え間なく働かせて、自分のすることや自分のあり方のすべてに点数をつけ、評価しているあいだ、私たちは苦闘、罪悪感、苦しみという状態に自分を閉じ込めることになるが、それは自分自身が投影されたものである神をなだめているにすぎない。
あるのは知か無知のどちらかだけだ。理解できないとしたら見ることはできず、暗闇は単に暗闇だ。それは正しくもなければ間違ってもいない。 悪と善、原罪、カルマ、負債に関する一切の概念は、時間のなかに閉じ込められた目覚めていない精神の産物であり、父、母、自己といった感覚を維持し、強化する。
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ただ 目覚めればいいだけなのだ。
そう思っている世界から抜け出し、目を覚まし ただ あること にフォーカスする。
今日の気づきに心からの愛と感謝を込めて・・・・

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