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第四イニシエーション

以前第三イニシエーションまでを 引用しましたので 続きを引用しようと思います。
第四イニシエーション
第四イニシエーションは、放下と克己(ほうげとこっき)あるいは磔上死のイニシエーションと呼ばれる。これはすべての私利私欲から解放され、より大きな全体の利益のために個人的生活を放棄することに関係する。魂の意識さえもその重要性を譲り、より霊(スピリット)の気づきに近い、より普遍的な気づきが魂の意識に代わるのである。
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たいてい第四イニシエーションを通過する者は、多大な犠牲、時には受難を伴う生涯を送る。
秘儀参入者はその完成された人格さえも含むすべてを、生け贄の供物台に横たえる。当人はその友人、財産、名声、性格、世間での地位や信用、家族、そして人生そのものまですべてを放棄しているのである。第四イニシエーションを通過する時点で、秘儀参入者は輪廻転生からの解放をとげたことになる。
コーザル体すなわち魂体が炎上し、魂がモナドに再び融合するのも、このイニシエーションにおいてである。それ以降、秘儀参入者への指導は、主としてモナドあるいは「われ臨在なり」から発せられる。肉体をまとった<人格>と、モナドとの媒介の役目を果たしていた魂の存在は、もはや必要なくなったのである。
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第四イニシエーションでは、秘儀参入者は叡知の熟達者であり慈しみの大家と見なされている。低次三界[物質界、感情またはアストラル界、メンタル界]から引き揚げられた彼や彼女は、もはや監視下の魂ではない。いまや秘儀参入者は「神の計画」への奉仕の名のもとに、高次の世界から低次の世界に働きかけているのである。魂である<人格>としてありとあらゆる転生をくぐり抜けた生は、終わりを告げた。秘儀参入者はブッディ的容れ物を駆使しながらブッディ界という意識界層で働くことになる。
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このレベルの秘儀参入者は完全に解き放たれており、将来的に物質界との接触を望むかどうかはその自由意思に任される。また霊的聖師団と第五界[霊的界層]の、第四イニシエーションの劫不滅の成員となる。さらに秘儀参入者は、地での任意の奉仕活動に携わる場合を除いて、肉体的あるいは物質世界には永久に関りをもたない。ここでも再びサナート・クマラが、第四イニシエーションの司祭役であり解説者である。秘儀参入者はロッジにおいて、より緊密な同胞関係への参入を許される。そして「叡知の殿堂」の資源や情報のすべてを猛スピードで究め尽くしつつある。地上の大多数の人々が自分の魂と接する時にくらべて、秘儀参入者が自分のモナドと接する時のほうが、はるかに多くの自由が認められている。地球の進化にとって好ましいことに使うという前提であれば、秘儀参入者はみずからの魂のグループのエネルギーに通ずることもできる。
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魂と霊的三極体とモナドへの虹の橋「アンタカラナ」の架け橋は、ここに竣工を収める。低次の三つのチャクラが、利己的エネルギー不在の完璧な純化を達成するのである。秘儀参入者は、直観と、純粋な動機と、愛に啓蒙された完全知識によって導かれる。第四イニシエーションのあと、通常はほどなく第五イニシエーションが続く。秘儀参入者は、自身の低次元の性質を完全に制圧している。全過去世を通して蓄積した知識、化学、叡知、体験のすべてがいまや霊的男性あるいは女性となりし者の手中にある。イエス・キリストは、磔となった十字架の上で第四イニシエーションを迎うえたが、イエスの生涯の最後の三年間において、イエスを「オーバー・シャドウ」することで、ある意味では肉体を共有していた主マイトレーヤに至っては、その時に第六イニシエーションであるアセンションを遂げていたのである。
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今一つ興味深い事項が、アリス・ベイリーの著書群のなかでジュワル・クールによって指摘されている。それは、イエスが「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という有名な科白(セリフ)を放ったとき、イエスはまさに自分の魂がモナドに再び融合される体験のさなかにあった、というものである。イエスは自身の導き手としての魂の消失を体験していたのである。その時のイエスは、ちょうど父、またはモナド、あるいは「われ臨在なり」から直接導きを得るべき時期を迎えたのであった。
いまや肉体は、その100パーセントが原子質量からなる、第4イニシエーションを通過した秘儀参入者は「アルハット」とも呼ばれる。解放に至ったマスターにとって、もはや苦痛も受難も存在しない。
第五イニシエーション
第三イニシエーションが自身の魂あるいは高次自己との融合に関わるものであったように、第五イニシエーションはモナドとの融合に関わるものである。第五イニシエーションでは自身の意識が、自身のモナドと霊(スピリット)に融合する、また第五イニシエーションは盲目状態からの解放であり、秘儀参入者は新しい視野の獲得が可能となる。
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第五イニシエーションは、キリスト教用語において黙示あるいは復活として言及される。このイニシエーションを経たマスターは、「アデプト(超人)」と呼ばれる。第五イニシエーションは最初の宇宙レベルのイニシエーションである。第4イニシエーションがブッディ界との融合であったのに対し、ここではアートマ界との融合が起きる。人類とともに働くマスターの大部分が第五イニシエーションを受けた時の体をとどめているが、さもなければ新しい体の構築と顕現も可能である。
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ジュワル・クールはアリス・ベイリーの著書の大半を、第五段階の秘儀参入者であった時に書いており、同じ生涯でアセンションを果たしている。彼はジュワル・クールとして知られていた体をそのまま保っていたが、ジュワル・クールの師にあたるクートフーミは、新たな体の形成を選んでいる。
第六イニシエーションを達成するには、アデプトは惑星隠秘学(オカルティズム)の集中過程を修める必要がある。本書の内容に通じ、日常生活における瞑想と学習を励行することで、あなたが睡眠中にその必要条件を満たすことも可能である。また、本書は惑星隠秘学の集中講義に匹敵するものである。アデプトは、第五イニシエーションのエネルギーにおって、世界に奉仕する際に惑星エネルギーを自由に使うことができる。
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このイニシエーションで活性化されるのは第一チャクラである。アデプトは「私と父は一つである」という言葉の意味を、身をもって完全に理解しており、その体は光の体(ライトボディ)である。このようにして、本質的にその男性あるいは女性は完成の状態に到達したのである。
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アセンションの達成、第六イニシエーション
第六イニシエーションとはアセンション[次元上昇]の達成をいい、すなわち「アセンションしたマスター」になることである。このイニシエーションは本質的には、アデプトがモナドの光と融合を果たした時に行われ、肉体も衣服も、アデプトの存在全体が光に変容するのである。その肉体はただ消え失せ、光の体(ライトボディ)に取って代わられる。かつてアセンションは霊的世界への移行を意味した言葉であったが、今日ではアセンションしたマスターを地上に残し、その奉仕の継続を見守る「霊的聖師団(スピリチュアル・ハイラーキー)」という新しい趨勢るり注:すうせい/物事がこれからどうなってゆくかという、ありさま。なりゆき。)が認められる。また最近の神的制度においては、アセンションの際に必ずしも肉体を伴う必要がなくなっており、このことによりアセンションがわずかながら容易になった。この点に関してはアデプトの選択に委ねられている。
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アセンションとは、キリスト意識の成就であり、完成された仏陀[覚者]となることである。また同時に、単なる魂レベルの覚醒にとどまらず、一人前の「霊的マスター」として魂を具現化した存在になることである。カルマの法則は、もはやアセンションしたマスターに対して何の制約も課すことはできない。アデプトは意識のモナド界と完全なる融合を果たしているだ。
人はアセンションのあと、光の体(ライトボディ)に完全に棲まうことになる。光の体は、当人が全転生を通して顕現してきた光から創られるからだである。人はアセンションしたマスターとなった時点から、その体によって進化の旅を続けることになる。アセンションを果たすには、アデプトは自身のすべての転生によるカルマのうち五十一パーセントを生産し終えている必要がある。通常、我々には平均して二〇〇から二五〇の過去世がある。
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アセンションするためのさらなる必要条件は、当人自身のだるま、あるいは地上での使命を全うしていることである。アセンションの意識とは、純粋な歓喜と無条件の愛そのものであり、それと同時にみずからが神であること、行き会う人のすべてが地上を歩く神であることを完璧に認識するものである。
アセンションとは物質界だけでなく、いかなる意識層、いかなる時にあっても、みずからを表現していく能力である。また、思いのままに自身を非物質化できる能力であり、必要とされ望まれるものを何でも即座に物質化できる能力である。アセンションとは、神やキリスト意識を共有する兄弟姉妹と一体であるという感覚を常にもち、世界に奉仕する者としての自覚を有することである。また、自らの言葉の力によって、みずからの生を思い通りに変えられることである。アセンションとは、同時に二か所以上に存在する能力であり、不老不死を貫く能力である。偉大なアセンションしたマスターのなかには、同じ肉体で三五〇年生きたエジプトのヘルメスつまりトートらがいる。
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現在地上に在るわれわれとて、日々アセンションあるいはディセンション[次元下降]していることをしっておくのも重要である。これはつまり、われわれのすべての思考、すべての行為、そして口にするすべての言葉、食するすべての要素、時間の使い方などといったあらゆる事項が、われわれの波動を上げ下げしているということである。
アセンションはごく自然に起きることであり、最終的にはわれわれ全員がその段階に達することになる。そうなるまでにどれだけの時間を要するかが一人ひとり違うだけなのだ。ここでの意図は、われわれが地上にいる唯一の目的である霊的成長に、われわれのエネルギーを今集中的につぎ込むことで、それにかかる時間、すなわち今後に必要となる転生の数を何とか減じられないかという点にある。否定的自我は、われわれをして錯覚[イリュージョン]や自己幻惑[グラマー]にあふれた脇道を行かせたがるが、それはわれわれの歩むべき本来の道ではない。
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アセンションを目指す過程で念頭におくべき非常に重要なもう一点は、時間や空間などというものは実際には存在しないため、われわれ一人ひとりがすでにアセンションした側面を持ち合わせているということである。それぞれのアセンション・プロセスを加速する秘訣は、すでにアセンションしている五次元の自己を現時点に呼び寄せ、彼ないしは彼女に、オーラに溶け込んでもらうことである。そうすることはわれわれの波動を、彼らがアセンションを経て到達したレベルの波動にまで高める助けになるのだ。
そうしたレベルにあるスピリチュアル体は、アセンション後に到達するレベルですでに仕事をしており、他の六つの体がそれぞれの波動を、スピリチュアル体レベルの波動にまで上昇させるのを辛抱強く待っている。そして、ここ永遠の今におけるわれわれとの融合を心待ちにしているわけだが、そのためには、われわれの側からそうした要請が提出されねばならない。なぜなら、それが宇宙の法だからである。
なんだか、読めば読むほど、ウォークインしたのって 私のアセンションした自分であって
アセンションしていないよ って 自己幻惑をずっと生きていたんじゃないのかなと思えてきました💦
さらに 無自覚で自分が考えていたことが・・・・書かれています。
修行者がイニシエーションの道を通して成長するにつれ、その魂は自身の意識とエネルギーを、もっとも霊的成長を遂げている<魂の延長>に集中させるようになる。先の章でも述べたが、魂はそれほど活発ではない<魂の延長>を呼び戻し、霊的にみて活発なものにみずからのエネルギーや情報や資力のすべてを集中的につぎ込むようになる。私の場合、同じグループでいまだ転生をつづけている<魂の延長>は四人である。
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聞くところでは、魂はみずからのグループの十二人の<魂の延長>の中から一人を選び、アセンションさせるという。言い換えれば、その魂のグループのためにアセンションする<魂の延長>は一人いればよいことになり、十二人全員がアセンションする必要はないことになる。<魂の延長>が単独でアセンションしても、それは十二人全員のためでもあり、よってそこに競争はなく、他の十一人の<魂の延長>も一緒にアセンションするのである。
中略
アセンションは、同じモナドのグループに属する百四十四人の<魂の延長>にまで大きな精神的高揚をもたらす出来事ではあるが、その利益を十二分に享受できるのは同じ魂のグループに属する<魂の延長>に限られる。
さて、私は略式のアセンションなるものが存在するとも聞かされている。これは先に説明したところの完全なアセンションとは異なり、一人の<魂の延長>が、ほか十一人の<魂の延長>を伴わないまま、単独でアセンションするというものである。換言すれば、同じグループでアセンションする<魂の延長>がいても、残りの十一人の<魂の延長>は肉体にとどまることができるという形である。
中略
サナート・クマラは、アセンションの祭典を主管する立場にある。アセンションに関する疑問として、私は、これまでに配偶者どうしが同時にアセンションしたケースを尋ねたことがある。ジュワル・クールが答えていわく、きわめて稀ではあるが、時おりそうしたケースも見られるとのことであった。そこにアセンションの準備が整った者がいるとき、それがどこの誰であろうと、そのプロセスの遅延や停止は不可能なのである。
アセンション後のわれわれは、霊的聖師団の管轄から、シャンバラの管轄へと移行する。ひとたびアセンションを遂げたアデプトは、惑星カルマのすべての局面から解き放たれ、完全に自由の身となるのである。
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より高次へと向かう進化のうちのどれを選ぶかを最終的に決める前に、第六段階の秘儀参入者全員が出席する会議が開かれる。この会議においてわれわれは、霊的聖師団が採択すべき手段を決定するよう促されるのだが、それによって地球は強烈かつ永続的影響を受けることになる。アセンションしたマスターの集団は、いわば地球の霊的政府であり、人類に関わる事柄に対して最終決断を下す立場にある。
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私は後章において、われわれの存在全体を構成する二二のチャクラについて論じるつもりである。二二のチャクラとは、われわれにとって馴染みのある七つのチャクラに、まだあまり知られていない第四次元と第五次元のチャクラを加えたものをいう。アセンションの時には、十六番目のチャクラがディセンションを経て、頭頂のクラウン・チャクラの中に降りてくる。十五番目のチャクラは第三の眼のチャクラの中に、十四番目のチャクラは喉のチャクラの中というように、一番下方のチャクラに至るまで、それぞれに同様な移動が起きる。アセンションの時には、四次元のチャクラは統御され、完璧な状態にある。
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アセンションは五次元的意識状態をいい、本質的には<魂の延長><人格>と、霊(スピリット)との一体化を指す。すなわち肉体を有する<人格>と、「われ臨在なり」すなわちモナドとの融合である。
アセンションを遂げるのに、健康状態が完璧である必要はない。重病を患いながらアセンションした人も少なくない。続いて延滞アセンションというものについて触れておきたい。これはアデプトである人が、肉体を立ち去ったあと、一、二時間以内に、マスターたちが大規模かつ特別な働きかけを行うことで、その人のアセンションの実現を助けるというものである。こうしたことがなされるのは、当のアデプトが、ほぼアセンションできる意識状態にありながら、それが起きる前に死亡した場合である。
ひとたびアセンションを達成すると、われわれの奉仕能力は飛躍的な高まりを呈する。また、その後地上に残る場合は、肉体ではなく、輝かしいスピリチュアル体に宿ることになる。肉体は大いなる神の炎にとっぷりと浸かった瞬間に変容を遂げるのである。
ルクソールのアセンション静修地(リトリート)を管理するアセンションしたマスターであるセラピス・ベイは、アセンションについて述べたエリザベス・クレア・プロフェットの著書のなかで、アセンションのプロセスを次のように明快に描写している。「血管を流れる血液は金色の光の流動体に変わり、喉のチャクラは青みがかった白色の強い光で輝く。額中央の霊眼は、上向きに伸びて炎の光となる。その衣服は完全に消え尽き、キリストの着衣である白い長衣をまとった姿となる。その者の長い頭髪は、アセンションの際には純金のごとく輝くこともあり、目の色は元来の色彩を問わず、美しいガラスのような青または薄紫になることがある。」
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われわれはアセンションのプロセス、あるいはその祭典の間、ずっと完全に意識を保っている状態にあり、ひとたびアセンションを成就すると、即座に大いなる白色同胞団(グレートホワイト・ブラザーフッド)の使者となる。ジュワル・クールによれば、アセンションとわれわれの存在全体を光に変容させる全プロセスに要する時間は三〇分ほどである。
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アセンションの達成が偉業であることに間違いないが、実際われわれの惑星系にある九段階のイニシエーションのうち、地上界で取り組むことができるのは七段階目までだということを、繰り返し強調しておきたい。九つのイニシエーションをすべて通過したあかつきには、われわれは宇宙レベルの物質界を去り、宇宙レベルの七階層におけるイニシエーションに取り組むことを許される。ついには至高神と一体である状態に戻りゆくわれわれではあるが、そうなるまでの果てしない道程に思いを馳せるとき、われわれ謙虚であることなくして、他にあるべき姿などないと思わずにいられない。先にも述べたが、われわれの進化すべき道のりを二〇センチ定規に見立てたとすると、アセンションはおそらく端から二センチにも満たないところにくるのである。
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しかし裏を返してみれば、アセンションの達成は、他の人々の進化と比較した場合には、まことこの上ない偉業なのである。常日頃から、そうした硬貨の両面を視界にいれていることが大切である。
アセンションマニュアルを検索しようとして
下記の本が出てきました
次はこれを読むほうがよさそうです。
最近、本の読み方が変わりました。
もともと 速読というか、オリジナル フラッシュ読みをしていたのですが、それは最初から順番に読むという読み方でした。
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こんな感じで情報を四角い枠の中で覚えて読むみたいな読み方だったりします。
最近は ブログアップもありますが、自分の中の落とし込みに合わせて必要な個所を拾い読みという状態です。
最初は今までと違うので気持ち悪かったのですが、必要な個所だけピックアップしていくほうが効率がいいなぁと感じ始めてきました。

今日の学びに心からの愛と感謝を込めて・・・・

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